聖域ーサンクチュアリ|Love Letters
2000/12/03

🌿 フェミニン・エッセンス
強さだけを見られると、
「弱さもあるんだよ」と言いたくなる。
弱さだけを見られると、
「なめんなよ」と泣きたくなる。
「わたしのこと、何も知らないくせに」って。
女性には、その両方があります。
──── ✵ ────
女性の本当の強さ(本来の強さ)とは何でしょう。
それは、男性と肩を並べて
「同じことができます」と証明することでもなければ、
誰かより優位に立つことでもありません。
現代フェミニズムの一部は、どうしても
「男性と同じであること」
「同じ土俵で戦うこと」
をゴールに据えがちですが、わたしは違う道筋です。
権利や安全が守られることは大前提として大切であり、そのうえで、その先にある問いはきっと、
「女性として生まれたこのからだと感性で、
わたしはどう在ることを選ぶのか」
🌿 私からはじまる「わたしたち」
わたしはクラスで、いつもこう伝えてきました。
自分で考え、選択し、決断し、行動し、
そのすべてに責任を持つこと。
その「私」があるからこそ、
本当の意味で、誰かに頼ることができるのだと。
ここで言っている「私」は、
いわゆる“自分軸”と呼ばれるもの、ほぼ同じもの。
ただし ──
誰とも関わらないための盾としての自分軸ではなく、
「わたしたち」と出会うための、
あたたかいフラットな中心点としての「私」です。
その「私」が育っていないうちに誰かに委ねてしまうと、
それは「ゆだねる」ではなく「しがみつく」になってしまう。
だからまずは、「私」。
そのうえで「わたしたち」。
この地球では、
女性には男性が、男性には女性が、
互いを必要とし合うようにできている。
だからこそ、パートナーシップを願うなら、
相手に自分の足りなさを埋めてもらうのではなく、
自分の内側で女性性と男性性が結び合い、
ひとつの「私」として立てていることが大事になる。
そのうえで出会う「わたしたち」は、
支え合いながらも、 依存ではなく、
探究していく者どうしのタッグになっていく。
わたしはこういうことに関して
子どものような遊び心で、全力ガチ勢です。笑
これが ──
わたしの思う「大人の遊び」であり、
同時に「遊ぶ大人が世界を創る」世界への
入り口だと感じているのです。
※ 『遊ぶ大人が世界を創る』とは、
玄花オフィシャルサイトのプロフィールに掲げている言葉です。
詳しくはオフィシャルサイトとこちらの記事をご覧ください。
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12月の Love Letters では、
わたしの 2025 年の旅の総集編や、
さまざまな出来事や気づきを辿りながら、
女性に本来備わっているフェミニン・エッセンスに
ふれていきたいと考えています。
さまざまなプロセスを手がかりに、
「聖域」と「わたしらしい強さ」の輪郭を、
言葉にしていきます。
🌿 牡牛座満月に寄せた思い
11月5日の牡牛座満月の遠隔ワークで、
満月のメッセージの冒頭に、
このような文章を綴りました。
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「聖域 ー サンクチュアリ」
絶対に譲れないものを持っていますか?
絶対に譲れないもののことを「信念」と言います。
人によっては、たったひとつ。
「これだけは譲れない」というものがある人もいれば、
恋愛や結婚において、人間関係において、
人生や仕事においてなど、シチュエーションごとに
信念を持っている人もいると思います。
まずは、そこに正直になっていいのではないだろうか。
誰の中にもあるでしょう?
絶対に踏み込まれたくない
聖域 ── サンクチュアリが。
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人から見たら、
くだらないこだわりかもしれない。
「その程度で何をいう」
「大したことやってない」と、
軽く揶揄されるかもしれない。
だけどあなたは(わたしは)、
そうやって、必死に生き抜いてきたのだよね。
────
でもね、
いつかその生存戦略が、ふいに
必要なくなるときがやってくる。
手放そうとか、
超えようとか、
そんな小手先のやり方ではなく、
神聖なタイミングがやってくる。
────
それまでは、あなた自身がしっかりと、
その“わたしのすべて”を丸っと受け入れるんだ。
いや、「受け入れる」なんて言葉じゃ足りないね。
「引き受けるんだ」、すべてを、全身全霊をかけて。
だって思ってるでしょ、その心の中で、
「なめんなよ」って ── 知ってるよ。
────
ほとんどの人は、
「戦う」ということを抑えたり、
超えたりすることでうまくいく。
けれど、まれに、
女性らしいエレガントさを持ちながら
戦うという本質が、オリジンのエッセンスとして
組み込まれている人も──いたりいなかったり。
その人にとっての聖域とは、
「わたしの戦い方」と「わたしのやさしさ」のどちらも
誰にも決めさせない場所のことなのだと思います。
※オリジン(わたしの本質の核)については、
以前の遠隔ワーク「ORIGIN」で少し詳しく触れています。
こちらの記事をご参照ください。
🌿 女神たちの姿が教えてくれること
一般公開される冒頭文の最後に、
先人たちの言葉をお借りしましょう。
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世界各地の女神たちを母(マー)と呼ぶ。
母(マー)は全てを生み出し創り出す。
しかし忘れてはならない。
創造する者は破壊もする。
破壊は創造のもう一つの部分なのだ。
だからカーリーは、ダキニは、
手に武器を持ち、頭蓋骨をぶら下げ、
誰かを踏み潰しながら、
その目は優しさの海で満たされている。── Osho
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タオは大いなる母と呼ばれる
空(くう)でありながら無尽蔵である
それは無限の世界を生み出す。── 老子
女神の姿をよく見てごらん。
そこには、破壊も創造も慈悲も母性も
全てが描かれている。
女性らしさとはなんだろう?
三次元の思考を超えたところに答えはある。
ここから先は、
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けっこうな直球を投げていきますので、
どうぞ覚悟のうえで読み進めてください。笑
2015年前後に集中して書いていたこれらのトピック。
ぐるりと一周まわって、
一段高いフェイズからお届けしたいと思っています。
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