丙午と天命のあわい
2025/12/31

久しぶりのつぶやきブログ。
「玄花、爛漫」
SNSへの投稿はすっかり控えめになりましたが、
ブログの更新や公式の告知などで
再びInstagramも動かしていこうと思います。
このオフィシャルブログの
無料メルマガの配信も増える予定です。
有料メルマガ Love Letters では、
2年ぶりに音声ラジオ形式の配信も始まります。
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🌿 「丙午」というラベル
「ちゃんと考えて、
丙午の年に生まれるのは避けたんだよ」
と、両親は言う。
丙午の年に生まれた女は男を喰う。
そんな言い伝えがあるからです。
当時の両親は共に22〜23歳。
ずいぶんしっかりしていたのだなぁ。
迷信だと批判されつつも、
60年前の丙午の年に出生数が大きく減りました。
前年が182万人、丙午の年が136万人、
翌年は193万人ほどに回復したそうです。
それほど当時は、これが「空気」のように、
生活に入り込んでいたのは間違いない。
九星気学でいえば五黄の寅、
干支でいえば丙午のように、
言い伝えを気にする文化は今も残っています。
──── ✵ ────
翌年の早生まれとはいえ、丙午の学年としては、
偏差値史上主義の時代に受験戦争が少し緩和され、
ちょっと得した気持ちになったのを覚えています。
わたしはスポーツ特待で進学が決まっていて、
受験は関係ないはずだったのですが、
厳しい父の鶴の一声で、受験をすることになりました。
学力も示すこと。
そうしたらスポーツで進学してもいい。
このミッションはクリアしたのですが、
大人になってから、父は案外、理性的に
物事を見ていたのだなと思うようになりました。
当時は、勉強がまったくできなくても
スポーツ特待で進学できる時代でしたし、
それだけやっていればいいという空気がありました。
うちの長男も柔道の特待生として進学しましたが、
その学校では、どんなに実力があっても、
赤点を取ればレギュラーになれないし、
通知表はオール3以上が推奨されていました。
おっと、話が逸れた。
それが「玄花、爛漫」、つぶやきブログ。
🌿 生まれる前からの影響
わたしは命術が好きでよく観るのですが、
胎児の頃の星回りも影響すると言われました。
わたしの場合、受精して、胎児である頃のほとんどが丙午の年だから、そこも含めて関係しています、と。
両親の計算と配慮も虚しく。笑
余談ですが、
韓国では「数え年」で年齢を数える習慣です。
2年前に、公的に満年齢に統一されましたが、
胎児の頃から年を数える感覚は、素敵です。
存在そのものが、最初から認められている感じで。
たとえば西洋占星術には、出生前の
いちばん近い日食と月食のホロスコープで
生まれる前に約束された運命を読む、
という手法があります。
ここでも出生前が大事になる。
これらの話を耳にした時点で、
わたしの中では「さて、」となる。
🌿 「確定」ではなく「見立て」
人生の指針として大事にしたいのは、
可能か不可能か、
正しいかどうか、ではなく、
何に興味関心を惹かれ、
何に実感を持って生きているかです。
現実は、自分が起こすというよりも、
出来事のほうが、わたしに起こって来る。
そんな感覚もあるので、なおさらです。
自分を俯瞰して見られるようになると、
起こった出来事への意味づけや解釈を、
技術として扱うこともできるようになる。
出来事→解釈→感情反応の連鎖に飲み込まれず、
一段引いて、解釈の癖と前提を見極めて、
「これは確定ではなく、見立て」として扱い直す。
つまり、メタ認知が働く、ということ。
妄想や自分勝手な解釈だけだと難しく、
事実と解釈を切り分け、
前提を丁寧にほどく筋力が必要です。
🌿 命式というレンズ
四柱推命でいうなら、年の巡りよりも、
日柱が「甲戌」ということの方が、遥かにおもしろい。
身近には、占い師ではないけれど占術を探究している人々がいて、わたしの命式も知っているので、人生に何が起ころうとも、「そういう命式だよね」と笑い合える間柄です。
そんな彼女たちも、
相当過酷な人生をくぐってきました。
わたしたちの周りには、
波瀾万丈な人生の人がとても多い。
類は友を呼ぶのか、
友が類になるのか。
だからこそ、同じ熱量を知っている者同士では、
痛みを「笑い話」に変えて語れることがある一方で、
別の場所では、そのエピソードが、
聞く人にとって脅威になってしまうこともある。
たとえば、わたしの過去の経験のシェアが、
多くの人や場にとって、生きる勇気になったり、
困難から立ち上がる力になることが多々あります。
それでも、場所が変われば、
ひけらかしのように聞こえてしまう世界線もある。
「それは受け取り手の問題なのでは?」
と、思いたくなる瞬間もありますが、
伝え方と、場の選び方は、
こちらが引き受ける責任でもある。
実際のところ、これは
軽く扱われる種類の話ではありません。
けれど、相手と場が合えば、
軽やかに語られることで、
むしろ深く共振することもある。
だからこそ、話す相手と場と出力を選ぶことは、
自分の経験を大切に扱うことでもあり、
それは結果として、相手への配慮にもなる。
それもまた、事実です。
🌿 すべては「今」にある
少し前に、面白いことがありました。
「今ここで感じているエネルギーを、
人生で一番大変だった時の自分に送る」
そんな趣旨だったと思います。
その時に真っ先に浮かんだのは「今」でした。
──── ✵ ────
過去の話を分かち合う時に、
「人生で一番大変だった時に、」
という枕詞をつけますが、
それは便宜上わかりやすくするためで、
その大変さを持ち続けているわけではないんです。
人生で一番大変なのは、「今」
悩みがあるのも、もどかしいのも、「今」
もちろん、満ちているのも、「今」
それを、あらためて思い出した時間でした。
なにしろ、わたしは、
その「人生で一番大変だった時に、」
“生まれ変わっても、もう一度わたしに生まれたい”
という言葉をブログに書いていたくらいですから。
当時はこのお仕事を始めたばかりで、
アメブロに人生のリアルを書いていましたので、
覚えている方も、いることでしょう。
長いお付き合いをありがとうございます。
そのしばらく後には、
こうやって過去のことを話す自分自身を
少し恥ずかしく感じる自分が生まれてきたことも、
正直に書いたり話したりしましたね。
気取らず、飾らず、取り繕わず。
その姿勢は、いまも変わりありません。
🌿 天、駆ける馬のごとく
馬(午)といえば玄花、
というのも当時の定説でした。
玄花の話をすると、隣にフェラーリが止まる。
なんて話も、当時の笑い話のひとつです。
「ペガサス中のペガサスですね」
と、言われたこともありますが、
───いいえ、人間です。ははははは。
確かに、火の極みである太陽が、
天頂にある午の刻に生まれていますけど。
命式の時柱が「庚午」なので、
老いて益々盛んな、老當益壮(ろうとうえきそう)
これは中国の武将・馬援(ばえん)に由来する言葉
でしたね。
午は、五行でいえば火。
そして、心臓、小腸、血液の循環、舌。
舌といえば、赤い......。
ほら、馬と顔の似ているあれ。。内緒です。
🌿 2025年の終わりに
“生まれ変わっても、もう一度わたしに生まれたい”
という言葉を書いたわたしですが、
その言葉を書くずっと以前から、
今世でこの地球は“卒業”なのかな、
という感覚を持っています。
だからこそ、出会うべき人がいて、
どこかで静かに“次の章”を知っている感じです。
なぜ、そう思えるのか。
その理由は、Love Lettersのラジオで話そうか。
スピリットのレベルでわかっていることを、
ちゃんと現実の足元に落とし込む。
そんな2026年、丙午の年にしていきます。
ということで、良いお年を!
(初出:2025年12月31日)
自宅の仕事部屋の窓から寒椿を眺めながら。
この窓一面に広がる寒椿を見て、
ここに住むことを決めたあの日を思い出しながら。
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出典・著作|玄花オフィシャルサイト
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