ただ、好き、でいい
2025/05/27

✦ 見えないものを、信じてきた
わたしは、目に見えない力や働きを信頼しています。
それに助けられてきた、といっても、過言ではない。
運命を信じていますし、
過去世による縁もあるのでしょう。
かつて何度も「あなたの前世は……」と語られ、
その物語の魅力に胸を打たれました。
「玄花」という存在の魅せ方として、
そうした言葉を引用したこともありました。
いまも素敵なエピソードとして、
心の片隅にそっと置いています。
ただ、それらを、
ちゃんとわかっているとは言い難い。
だからこそ、自分の正当化や根拠や、
言い訳に使うようなことはしたくない。
そこにはいつも、謙虚でありたいと思っています。
✦ 娘のまなざしが、幻想に楔を打つ
当時、高校生の娘と、
過去世について話していたときのこと。
彼女は、すっぱりと言いました。
──── ✵ ────
言ってしまえば、すべては思い込み。
「自分に関わる人はこういう人」
と、思えばそういう人と出会っていく。
それは「赤い車を見る」と思って、
赤い車ばかりが目に入るのと同じ。
出会った人がどういう人間か?
というのを考え過ぎてそれに縋りたい。
何か自分にとって
相手の存在意義を欲している。
ただ、好き。
じゃなくて、 だから好き、みたいな。
なにか、スペシャルにしたくなる。
なにか、スペシャルな意味をつけたくなる。
出会いの入り口から、
そうなる人が多すぎる。
過去世的になんとかとか、
運命的にどうとか、 心が、とか。
ただ、純粋に
心がときめく、でいいのに。
理由づけから入るから邪心が生まれる。
人は自分が思っている以上に人間寄り。
人間寄りなのに、
スピ玄人の考えをしている人間、みたいな。
キリストになりきれなかった人間、みたいな。
行動に対して無理に理解しようとし過ぎ。
ただ、ジャストな気持ちだけでいい。
──── ✵ ────
16歳の娘のあまりの迫力に、
一字一句をメモしたほどです。
この口ぶり、その熱が、
胸にグッと来たのです。
理由づけはつまり、目の前の人を、
ちゃんと見ていないということ。
ときめきに言葉のラベルを貼った瞬間に、
その輝きは、スッと色褪せてしまう。
✦ そのままでいい
娘との会話はいつも、
わたし自身に向き合わされます。
どれほど思い込みやすいか、
どれほど理由づけしているか、
どれほど素直に「今」を見ていないか。
わたしはときに不貞腐れたり、
不機嫌だったりを隠さない。
とびきりの笑顔を見せたり、
声をあげて笑ったりもしながら、
「今」そのままのわたしを差し出していく。
とはいえ、今までにどれほど本音を抑えて、
「わたしは平気です」という顔をしてきたか。
でも娘は、こう言います。
「それでも、それが、お母さんのいいところだと思う」
わけのわからないほどの意志の強さが、
わたしを人生の困難から救ってくれました。
それは、紛れもない事実ですが、
それだけが、 わたしのすべてじゃない。
もちろん、「あるがまま」という言葉を
都合よく解釈して、素直ではない自分に
開き直ることではありません。
✦ 物語では包めない「今」
過去世についてはちょっと…… と、
曖昧な言い方をするときがある。
それは、相手とのあいだの、
物語では包みきれない"何か"を
直感的に感じているとき。
前世というフォーマットに
落とし込めるほど小さなものではないと、
直感的に感じているとき。
既存の、関係性を表す言葉に、
当てはまらないほど根源的と感じるとき。
──── ✵ ────
わたしにとって、過去世や前世とは、
ある/ない、信じる/信じない、ではなく、
どれだけ今の心のありように正直でいられるか
という問いです。
関係性を物語に収めてしまったら、
きっとそれに囚われてしまうでしょう。
すると、いま、ここに息づいている
こころやいのちのやり取りを、
おろそかにしてしまう気がします。
そして、最初の「ハッ」とした"ふるえ"すら、
またたく間に消えてしまうことでしょう。
✦ 体現し、表現する
思いは通じる。
というのは嘘ではありません。
しかしそれだけでは届かない。
なんのために
この肉体を持って生まれたのか。
意識も大事。
現実も大事。
物理的な言葉と時間を重ねずに、
本当にわかり合えるのだろうか。
どれほどの深い思いも、
どれほどの純粋な願いも、
肉体を通して、
この世界に差し出していかなければ、
現実は、カタチにならない。
──── ✵ ────
わたしの目の前に現れる相手は、
わたし自身の鏡なのだと感じています。
もしそうであるなら、その人はきっと、
わたしの想像が及ばないほどの過酷さを
くぐり抜けて、ここまで歩いてきたはずです。
もし、その縁が本物であるならば、
わたしが塗り固めてきたエゴも幻想もきっと、
そのまなざしの前に粉砕されていく。
それでも構わない。
むしろ、そうであってほしい。
そして、内側だけでなく、
現実の中でも関係を築いていきたいと思うのです。
🌿 土星が背中を押す
先日、土星が牡羊座に入りました。
わたしのネイタル土星は、牡羊座0度。
そこに運行中の土星と海王星が重なる、
厳しくも優しい配置です。
大いなるものからの言葉は、
あらゆるものを通してやってくる。
愛されていること、見守られていることを、
こころから実感しています。
一番最初の「ハッ」とした"ふるえ"は、
今も、心の奥で息づいている。
ただ、好き、でいい。
(初出|2025年5月27日)
土星回帰を迎えた2日後、
双子座新月に、思いを寄せて。
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